最近の車アクシデントの報せに取り上げられているお婆さん乗員のアクシデント。
直撃などを聞くと「満点気を付けているから」「モデルがないと購入にもいけない」などと言っているのを訊く。
ジェネレーションに関係なくほとんどの人はオペに気を付けていらっしゃる。でもアクシデントは生ずる。初々しいうちは返照地雷がいいので、大きなアクシデントにはならなくても、年齢を重ねるとどうしても言動が遅くなる。遅くなればアクシデントを起こしやすく至る。視線も悪くなり、視野も小さく上る。頭はしっかりしていても、健康、特に歩きがついていかなく変わる。阻止とアクセルの踏み失態もはじき出す。
都心のトランスポート要因のいい職場とそうでない職場では車の有無はやりくりを大きく取りかえることは知る。病院に行くにも。購入に行くにも車に頼らなければならないのは判る。
但し、事故を起こして、たとえば落命アクシデントを起こした状態、どうするのか。考えているのか。死者からすればお婆さんだからとか痴呆であるとかは縁はない。ナショナリズムは、とあるジェネレーションを超えた状態。認可の置換に際しての手ほどきや診断のみでなく、たとえば、毎年、車セミナーではなく、認可中程での実技チャレンジを行うなどのもう少し辛い応対をしめす必要があるのではないか